
不確実性が日常になった時代です。
円相場、原材料費、人材採用、AIの台頭、地政学リスク。
経営者がひとつの判断を下すたびに、ほんの数年前まで通用していた常識が静かに崩れていく。
そんな感覚を抱いている方も少なくないはずです。
このような時代に、経営者の差は「情報量」ではなく、もはや「自分軸」で決まりつつあります。
同じ情報を見ても、ある経営者は迷い、ある経営者は澄んだ判断をする。
その違いは才覚ではなく、その人の内側に「揺るがないもの」があるかどうかです。
今回は、人間力の核を成す「自分軸を持つ」ことの意味を、志と先祖の徳という二つの視点から掘り下げていきます。
目次
1.「軸を持つ」とは何か――意味の再定義
「軸を持て」とよく言われます。
しかしその言葉は、ともすれば「頑固に貫け」「ブレるな」という単純な励ましに聞こえてしまいます。
本来、軸を持つことの意味は、もっと深いところにあります。
自分軸とは「判断の根っこ」のこと
自分軸とは、表に現れる行動パターンではなく、判断の根っこにある価値観のことです。
たとえば、目の前に二つの選択肢があるとします。
一方は短期的な利益が出る。
もう一方は短期的には損だが、社員や取引先との信頼を深める。
どちらを選ぶかを決めるのは、技術や戦略ではありません。
「自分は何を大切にして経営しているのか」という、その人の根っこの部分です。
自分軸がある人は、迷う時間が短いのではなく、迷い方が違うのです。
一貫性ではなく、整合性
自分軸とは「一貫性」ではなく「整合性」だと、私は考えています。
一貫性は外から見て同じ行動を取り続けることですが、整合性とは、状況に応じて打ち手は変わっても、根っこの価値観は同じであり続けることを指します。
時代が変わり、状況が変われば、戦術は変わって当然です。
しかし、何を大切にするかという軸が同じであれば、見た目の打ち手が変わっても、それは矛盾にはなりません。
ぶれない経営者とは、行動が固定された人ではなく、自分の根っこを言葉にできる人のことです。
2. 自分軸の正体は「志」である
では、その「根っこ」とは具体的に何なのでしょうか。
立命塾では、自分軸の正体を「志(こころざし)」と捉えます。
志と目標の違い
「目標」と「志」はしばしば混同されますが、性質はまったく異なります。
| 目標 | 志 | |
|---|---|---|
| 主語 | 自分 | 自分を含む、周囲・社会 |
| 達成 | 達成すれば終わる | 一生かけて磨き続ける |
| エネルギー源 | 欲求・競争心 | 使命感・恩返し |
| 行き詰まった時 | 折れる | むしろ深まる |
目標は、達成したら次の目標に置き換えられます。
それは悪いことではありません。
しかし、目標だけで生きていると、達成と未達成の波に心が振り回され、自分軸はかえって不安定になります。
志は違います。
志とは、自分一人のためではなく、誰かの幸せに資する目的のことです。
社員のため、家族のため、地域のため、業界のため、次の世代のため——
どこに置くかは人それぞれですが、必ず「自分を超えた範囲」が含まれます。
立命塾の名に込められた「立命」の意味
立命塾の名前は、孟子の「立命」という言葉から来ています。
孟子は「身を修めて命(めい)を待つ。これ命を立つる所以(ゆえん)なり」と説きました。
意訳すれば、「自分を磨き、自分に与えられた天の役割を待つ。それが命を立てるということだ」となります。
ここで言う「命」とは、寿命のことではありません。
自分が天から与えられた役割、つまり志のことです。
経営者にとって「志を立てる」とは、単に大きな目標を掲げることではなく、自分という存在が、この時代、この場所で果たすべき役割を見定めることです。
自分軸とは、その役割を引き受ける覚悟そのものなのです。
3. 志を持つ大切さ――経営者にこそ必要な理由
志という言葉は、いささか古めかしく聞こえるかもしれません。
しかし、現代の経営者にこそ、志は必要です。
理由は三つあります。
理由1.数字は人を短期に流す
経営は、数字で測られます。
売上、利益、成長率、株価、人件費率、シェア。
数字は経営の言語であり、欠かせないものです。
しかし、数字だけを見続けていると、人は無意識のうちに短期最適に流れます。
今期の数字を作るために、来期以降の信頼を消費する。
そんな選択を、悪意なく重ねてしまうのです。
志があると、数字を見る目が変わります。
「この数字は、自分の志に近づく数字か、遠ざかる数字か」
そう問えるようになると、同じ売上でも、取りに行くべきものと、取ってはいけないものが見えてきます。
理由2.志は社員に伝播する
経営者の志は、必ず組織に染みていきます。
明文化していなくても、日々の判断、口にする言葉、評価する行動、叱る場面——そのすべてに、経営者が何を大切にしているかが滲み出ます。
社員はその滲みを感じ取り、組織の文化を形作っていきます。
逆に言えば、経営者に志がなければ、組織にも志は宿りません。
「うちの会社は何のために存在しているのか」という問いに、社員が自分の言葉で答えられないとしたら、それは社員の問題ではなく、トップの志が言葉になっていない証(あかし)です。
理由3.志は逆境で深まる
最も大切な点です。
目標は逆境で「折れる」ことがあります。
市況が変わり、計画が崩れ、達成不可能になる。
そうなると、目標は人を支えるものではなく、人を責めるものに変わります。
志は逆境で「深まる」のです。
うまくいかない時ほど、なぜ自分はこれをやっているのかという問いが立ち上がります。
その問いに自分なりの答えを出せた経営者は、逆境を乗り越えるたびに志を太くしていきます。
経営の本当の強さは、順風の時の数字ではなく、逆風の時に立っていられるかどうかで決まります。
志は、その逆風の中で経営者を立たせる、唯一にして最強の支柱です。
4. 志はどこから生まれるのか――先祖の徳という視点
ここで、もう一つの大切な視点に踏み込みます。
それが「先祖の徳」です。
「自分一代」で考えると、志は痩せる
志を立てようとして、多くの人がつまずく場所があります。
「自分は何のために生きているのか」を、自分一人の中だけで探そうとすることです。
自分の内側だけを掘っていくと、たいてい「自分のやりたいこと」「自分の好きなこと」に行き着きます。
それは大切な手がかりですが、そこで止まると、志は自己満足の範囲を超えません。
志は、自分の内側ではなく、自分が今ここに立っている理由を見つめた時に立ち上がります。
自分の今は、先祖の徳の上に立っている
考えてみてください。
あなたが今、経営者としてこの場にいることは、当たり前のことではありません。
両親がいて、祖父母がいて、その前に何代もの祖先がいて、戦争や飢饉や災害をくぐり抜け、誰一人欠けても、あなたはここにいません。
事業についても同じです。
創業者がいて、最初のお客様がいて、信頼を築いた取引先がいて、苦労を分かち合った社員がいる。
今あなたが任されている会社は、多くの人の徳の蓄積の上にあります。
東洋の思想では、これを「先祖の徳」「会社の徳」と呼びます。
徳とは、目に見えない信頼資産のことです。
「徳を継ぐ」のが、現役世代の役割
ここで大切なのは、徳は借りものだという感覚です。
先祖や先代が積み上げてくれた徳の上に、自分は今、立たせてもらっている。
だから自分の代で、その徳をすり減らして終わるわけにはいかない。
次の世代に渡す時は、自分が受け取った時よりも少しでも増やして渡したい——
そう考える経営者は、判断の質が変わります。
これは精神論ではありません。
極めて実践的な経営観です。
「自分一代の損得」で見ると切るべきもの、たとえば長年の取引先や、伝統的な技術、地域との関係、社員との信頼。
「先祖から預かり、次世代に渡すもの」として見ると、簡単には切れないことが見えてきます。
逆に、自分一代では理解できない投資、たとえば人材の長期育成、ブランド構築、社会貢献も、「徳を積む行為」として見ると意味が変わってきます。
志とは、先祖から預かった徳を、自分の時代に活かし、次の世代に手渡す覚悟のことなのです。
5. 軸が揺らいだ時、どこに戻るか
どれほど志のある経営者でも、自分軸が揺らぐ瞬間はあります。
大きな失敗をした時。
信じていた人に裏切られた時。
市場環境が一変した時。
家族の問題が起きた時。
揺らがないことが自分軸ではありません。
揺らいだ時に、戻る場所を持っているかどうかが自分軸です。
戻る場所は、人それぞれに違います。
- 自分が言葉にしてきた志の文章
- 創業者が残した言葉
- 父や祖父の仕事ぶり
- 故郷の風景
- 朝の静かな時間
- 家族との食卓
- お墓参りで感じる、先祖の前に立つ自分の姿
これらは一見、経営とは関係ないように見えます。
しかしこういう場所こそが、経営者の軸を整える「磨き石」になります。
立命塾で大切にしているのは、こうした戻る場所を意識的に持つという姿勢です。
6. 自分軸を磨く――日々の小さな実践
最後に、軸を磨くための実践を四つ挙げます。
1.志を「言葉」にする
頭の中にある志は、まだ志ではありません。
誰かに伝えられる言葉にして、はじめて志になります。
一度書き、何度も書き直し、自分の言葉として血肉化していく。
これが志を立てる第一歩です。
2.毎月、判断を振り返る
月末に、その月の経営判断を一つだけでいいので振り返ります。
「あの判断は、自分の志に沿っていたか、外れていたか」。
正解を出すためではなく、軸を確かめるための時間です。
3.先祖の歩みを学ぶ
家系図を眺める。
両親や祖父母の話を聞く。
創業者の足跡をたどる。
自分の今が、どんな積み重ねの上にあるかを知ることは、志の根を深くします。
4.順調な時こそ志に立ち返る
人は逆境よりも、順調な時に軸を見失います。
利益が出ている時、評価されている時、追い風が吹いている時こそ、「これは自分の志に沿った成功か」を問う。
これができる経営者は、長く強くあり続けます。
おわりに
自分軸を持つとは、自分一人で立つことではありません。
先祖から続く流れの中に自分を位置づけ、預かった徳を活かし、自分の代で果たすべき役割を引き受けること。
それが、自分軸を持つことの本当の意味です。
立命塾は、この「立命」——天命を立て、志を磨く学びの場として、経営者の方々はじめ皆様と共に歩んでまいります。
自分軸が問われる時代だからこそ、根を深く張る経営を。
本記事が、そのための小さな一灯となれば幸いです。
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